1982年9月2日木曜日

丸松駅へ恐怖のダウンヒル

翌日、朱鞠内湖畔を北上し美深峠を越え、名寄、音威子府と経由し、また海へ向う。

国道を外れると、もうこれは熊でも出るのではないかというような山の中になる。しかも途中、地滑りの為道が無くなっていた。もう戻る気にはならない。向うに見える道まで、地滑り跡を越えることにする。

近くにトラロープを発見。
まず自転車から全ての荷物を外し、崩れた下までトラロープで何回かに分けて下す。次に向う岸(道路)まで移動し、またトラロープを使い道まで持ちあげる。
一人ではとても無理な作業だった。改めてこの出会いに感謝。

無事地滑り地帯を越えた時には、日が傾きかけていた。最後の力で未舗装を上る。僕より少しだけ軽装の門さんとの間が広がる。まぁ一本道なので下りになれば追い付くだろう。

と、その時前方から「ガチャガチャ!」と凄い音と、「うわわわ~」と門さんの声。停車したようだ。ほどなく追い付く。彼はぼーぜんと自転車を眺めていた。
「チェーンが切れた・・・。」うお。何という怪力。この登坂で門さんの脚力に耐え切れず、ついにチェーンは切れてしまっていた。

早速、先日「サイクルショップ青い鳥」で購入したチェーンカッターを取り出し、修理にかかる。2コマカットして繋ぐ。ランドナーなので、2コマや4コマ切っても支障は無い。
「助かった」
「これで貸し借り無しね」。

ゆっくりする時間は無い。直ぐに出発。そして最高点を通過。もう暗くなっている。足を着くこともなく下りにかかる。

周りは民家もない山の中。外灯もなく、景色も全く見えない。
僕は例によってダイナモランプ、バッテリーランプ、ヘッドランプを点けて走る。
スピードが上る。追突しないよう間隔を空ける。未舗装道なので腰は上げたまま、体を丸める。体中の関節で振動を吸収する。急なコーナーに体が反応する。サイドバッグが地面をこする。石が弾ける音と、ホイールの唸りしか聞こえない・・・。先を行く門さんがコーナーに見え隠れする。出口の見えない恐怖との戦い。

長い下りだった。精神的にもうくたくたになりかけた頃、丸松の町に出た。もう大丈夫だ。う~、煙草が旨いぞ。

夜も更ける。寝るところを探さなければならないが、
「こんな日はもっと大切な物が有るでしょ、」と言うことで酒屋を探す。
丸松駅の近くにあった。閉まっている。戸をたたき開けてもらう。だいぶ冷えてきたので日本酒を購入。

「こんな時間にどこまで行くの?」
「この辺で寝ようと思うのですが」
「なら、あそこを使うと良い。」と酒屋さんが指差すのは丸松駅舎だった。
「あそこはうちが管理委託されてっから、今夜使って良いよ。寒いときはストーブも使って良い。薪もあるぞ」。あぁ、おじさんの姿に後光が・・・。

下手なことするといけないので、ストーブは使わないことにした。ベンチにシュラフを広げ、ガソリンストーブで燗をつける。

写真は飯を炊いているところ。ごはんをつまみに酒を飲む。




恐らく人生でも5本の指に入るだろう、この旨い酒、気持ち良く酔って疲れきった体を休めた。
最高の気分。良く写真を見ると、アディダスのトレーナーが「うしろまえ」だ。



今はこの鉄道も廃線となっています。あの酒屋さんは今はどうしてるでしょう。おじさん、有り難う。